海の仙人 / 絲山秋子

海の仙人

海の仙人



「ファンタジーがやって来たのは春の終わりだった。」


主人公・河野は、海岸で外人のじいさんに見える、得体の知れないモノに出会います。


 「ファンタジーか」
 「いかにも、俺様はファンタジーだ」
 「何しに来た」
 「居候に来た、別に悪さはしない」


いきなり妙な展開です。


主人公・河野は、社会というものにあまり上手く馴染めないタイプの人間で、宝くじで3億円を当てたあとは、勤めていた銀座のデパート辞め、海に近い街敦賀で、何をするでもなく釣りをしたりして、世捨て人のように過ごしています。
そこに突然現れた「ファンタジー」は、神様のような、それでいて何をしてくれるでもなく、好き勝手にしゃべったり、まさに居候のようにただそこにいます。


不思議なことに、大抵の人が「ファンタジー」を見ると彼が「ファンタジー」だと判ります。
そして、妙に誰とでもすぐにうちとけ、ずっとそこに居たような心地よさを感じさせます。


唯一彼が「ファンタジー」であることがわからなかった、主人公の元同僚で親友の妙子は、仕事はそこそこにこなし、好きな車に乗り、おいしいものを食べては幸せを感じ、結婚を考えずに済む恋人と日々を楽しんでいるという、この上なく現実を生きようとしている人物でした。
彼女は「ファンタジー」を冗談交じりにこう評します。
「あんたは底が見えたね。」


人間は誰しも、多かれ少なかれ成長の過程において、自分の中の世界と現実とのズレを感じ、「幻想」を抱くことがあります。
あやふやな人間関係の距離感と孤独感、そして、そこに「ファンタジー」をはさむことによる安心感。
淡々とした日々を語りながら、人と人との繋がりを俯瞰するような不思議なお話でした。