存在の価値について



「話」をするときというのは、小学校でも習うように、「起承転結」ということが重要になってきます。
人に物事を説明するときにはもちろんですが、ネタ話をする場合にも特に重要なファクターとなります。
話し方ひとつで、その場ではあんなにおもしろかったのに全くもってウケなかったり、逆にどうということもないネタでも笑いをとることもできます。


例えば、昨日の文章ですが、以下のように変更してみました。


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学生時分は年に何度も風邪をひき倒す、病弱虚弱児だったこのぼくですが、この4年間で、2度しか風邪を引いたことがありません。
これだけ風邪をひいていると、風邪をひく直前の感じもわかってきます。
それを感じた場合、栄養とビタミンCを特に多めに摂って、風邪薬を飲んでよく眠ることで、風邪への進行を塞き止めることができます。
風邪をひくときというのは、どこか油断して、そういう対応が出来ていなかった場合です。
過去の2度の風邪も2度とも長い休み中のことで、やはり油断していたのでしょう。


というわけで、雨に降られた金曜は、帰ってお風呂に入り、栄養を摂り、金曜にしては早めに寝ることにしました。
そして思惑通り、風邪をひくことなく土曜日を迎えることができたのでした。
勝った!
何、この完全コントロールブリは。
もう風邪の達人と言っても過言ではないでしょう。
人類は風邪を克服することができるのです!


と思っていたら、土曜の夜、お酒の飲みすぎでソファーで意識が飛んでしまい、次の日ぼくは見事、37.9度の熱をだしたのでした。
油断しすぎ。
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ホラ!
それなりにメリハリの付いた文章になったのではないでしょうか。
導入から、結論部分に結びつけるための知識の共有、オチとの落差をつけるために盛り上げるだけ盛り上げる展開部分、そして勢いよく一気に落とす。
昨日のように、無駄な説明的文章を冗長にとりとめも無く語っていては何もかも台無しなのです!


日付が変わるギリギリに仕事を終えて帰ってきて、クラクラしながらこのようなしょうもないことを反省したりしているぼくの人生もまた、当然のようにしょうもないものに相違ないのです。