3



そんな折、弟が自衛隊に入る、と言ったとき、ぼくは反対する気持ちと、反面、弟の気持ちが痛いほどよくわかりました。
将来の決まらない、見えない未来に対する不安というものは、何ものよりも辛いことです。
悩みもがいた末、彼の傷ついた精神力に残された道だったのでしょう。


航空自衛隊ならば、管制など危険でない仕事もあるし、好きなコンピュータを扱うこともあるからというので、ぼくは、そんな目標があるのならがんばってみて、ダメなら帰って来たらいい、と応援しました。
弟は昔ラグビーをやっていただけあって、同じ年齢の男に比べると、ずば抜けた身体能力を持っていましたが、20歳前後の若者たちに混じっての自衛隊の訓練は、やはり相当ハードなもののようで、苦労を漏らしていました。
反面、がんばれる目標が見つかって充実しているようでもありました。


しかし、残念なことに、弟の願いと頑張りも虚しく、航空には行けないことが決まり、陸上へ行くしかないということになってしまいました。


弟はぼくに電話をかけてきて、「あんたならどうする?」と聞いてきました。
ぼくは、「航空なら好きなコンピュータも扱えるし、っていう目標でがんばってきたんやから、ダメやったら仕方がないから辞めて帰って来い。そんだけ厳しい訓練こなしてきたんやから、いくらでも他のことがんばれるわ。」と答えました。
弟は、「そうか。そうやんな。やっぱり辞めるわ。」と、心を決めたようでした。
ぼくは弟の前進を感じ、ほっとして電話を切りました。


弟はその週のうちに、上の人に決心を伝えましたが、手続きの関係上、月末まで待つように言われたそうでした。
なんだよ、早く帰ってこいよ、と思いましたが、「組織というのはそういうこともあるか。もう少しの辛抱やな。」という楽観的なことを考えていました。


しばらくして、結局陸上の訓練に行くことになった、というのを聞きました。
上官に、「お前みたいな自信のないやつは、ここに残った方がいい。」というようなことを言われて説得されたらしいのです。


ずっと悶々と悩み続けて、やっと頑張ることのできる場所を見つけたのです。
弟の気持ちも痛いほどわかりました。
先月末に帰ってきたとき、ダメそうやったらすぐ辞めるということを約束して別れました。


そして、陸上の訓練が始まり、1週間と少し経ったとき、「きつい。挫折したらごめん。」というメールが届きました。
「おう、挫折したらええんちゃうん。他の道がいっぱいあるがな。」
「うん、無理やったらあきらめるつもり。」
というようなやり取りをしました。


そして、先々週、「来週辞めれそう。」というメールが届きました。
「おー、辞めるのかー。次いろいろ調べてがんばらななー。」
「うん、これから大変やけどがんばらな。防衛庁事務官めざそかと思ってる。無理やったらなにめざそう。」
など、次への意欲と希望のある会話をしました。


それが、ぼくが弟と最後にした会話になりました。